因果応報という呪縛

サッカーの元ジャパン監督のトルシエは「日本人は車が全然通らないのに赤信号を守って渡らない。判断力ない。」と語った事がある。確かに当たっている。私の通勤途中にも車がほとんど通らない道に信号がある。ほとんどの人が信号を守って待っている。私は急いでいる時は渡ってしまうが、やはり後ろめたさを感じ、背中に視線を感じる。

日本人の規範意識の高さと評価される事が多いが果たしてそうであろうか?警察官に注意されるとか、規則は守らなければならないと言う事とは別にまるで催眠術にかかってるような抑制を感じる。些細な事でも悪い事、規則違反をすると必ずバチが当たるといった様な因果応報の思想が染み付いているような気がする。それが行動を抑制してしまう。無意識に。

ゴミを捨てられたり、立小便をされて困る所に神社の鳥居の絵を貼っておくと激減するそうだ。ほとんどの人が神道の信者である訳ではないだろうに。

これが霊感商法に悪用されたりする。前世で悪業をしたから現世でバチが当たっている。この壺を買えばその因果から逃れられる、なんて事になる。精神疾患の原因にもこの因果応報が間違って深層心理に刷り込まれているケースはないだろうか?呪縛されてはいないだろうか?

自分自身に自分自身がバチを与えてないだろうか?


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