混同

一昨日の「ホンマでっか?」パニックの話をしてましたが、パニックとパニック障害を混同していて聞くに堪えない内容でした。脳科学の沢口先生だけが両者の違いを説明してましたが・・・あれでも専門家なのでしょうか?所詮、他人事として研究材料として見ているからではないでしょうか?

「痛み」が欠けています。それが一番大事なんです。

「パニック(パニック、パニック障害のどちらも)になったら深呼吸より浅い呼吸の方がいい」と植木先生が説明しようとしたら、さんまさんが「パニックになった深呼吸など出来へんやろー」

さすが、さんまさんです。深呼吸の事が頭に浮かぶ位なら緊張してないんですよ。パニックでもなんでもないんです。

そもそもパニック発作に見舞われてる時に何が出来るんでしょうか?だからこそ「放置」すればいいんです。何か「手当て」をしようとするから更に混乱するんです。力を抜いてなるがまま身を任せれば、発作は消えます。

植木先生の「パニック障害で死ぬ事はないし、一生パニック障害のままの人はいない」唯一これだけは仰る通りです。これは大事な事です。発作が出ても大丈夫なんです。余裕が出てくれば心の中で実況放送も出来ます。

古舘伊知郎さん風に「おーっと、動悸が出てきました。心臓に何の異常もないのに脳(心)が勘違いしてます。吐き気も出て来ました。大変ですよ、電車の中ですよ。降りられません!」

私が偶然「どうにでもなれ!」とヤケクソになり、開き直った事で症状が消える事に気付き、恐怖心を 抱えながら開き直る練習をしていた時の、パニック障害に打ち勝つ寸前の心の中です。自分を笑えるんです。こんな発作が出ている自分を。アホちゃうねん!です。敢えて名付けるなら「実況放送療法」ですね。

今思えば、発作だけに心が捕らわれる事なく、自分の状態を俯瞰出来たのだと思います。

パニック障害に苦しんでい方々には是非、症状を発作を無視して欲しいと思います。

心が意識した通りに身体は動きます。自転車を乗る練習の時に「行ってはいけない方向 行ってしまうのはなぜでしょうか?

それは意識がそちらの方に向いてしまうからです。視線も向いてしまいます。だからその通りになってしまいます。

最初の発作を「どうしよう」と意識をそこに集中してしまうから、更なる不安、恐怖が湧き上がってしまいます。それが更に症状を悪化させ、更に不安、恐怖に襲われます。

最初の発作で遮断すればいいだけです。死にやしないのですから。何も起こらないのですから。

この記事へのコメント