『少女邂逅』を見て・・・(2)

たかが映画を見に行くだけで緊張がありました。初めて行く場所には未だに緊張するようです。

最近は安逸を貪って、緊張する場面がほとんどないので慣れようがありませんね。

一晩寝ると色々と映画の記憶が甦ってきます。

ネタバレしない程度に書きます。サスペンス調の部分もあるので、「最後はこうだったなんて」書くと台無しになってしまいます。

そういう意味においては2度見る映画ではないかも知れません。決して悪い意味ではありませんよ。もし私がもう一度見るとしたら、台詞の確認ですね。印象的な台詞がありました。

転校生の台詞で印象的なのが、「虫って痛みを感じないの知ってる?痛点がないんだ。なぜだか判る?寿命が短いから。すぐに死んじゃうんだ。だから痛みを感じないの。痛みを感じない奴に長く生きる資格なんてないの」一字一句正確ではないですが。

「身体だけ・・・」これも2、3回言ってたような。心があるから苦しむような事も言ってました。最後にそういう意味だったのか?と想像出来る場面はありますが、色々な意味に取れます。

この転校生が謎めいていて最後まで引き込まれます。

あと、ネット上では「青春映画」との記述もちらほら見受けられますが、決して青春映画ではありません。それこそ「痛みのない奴」にはそう見えてしまうのだと思います。

一番の関心事は、この監督が緘黙症だったか?という事だと思います。

やはり、勘違いか、かなり短期に治ってしまったのではないでしょうか?

人それぞれなので何とも言えませんが、緘黙症への拘わりが感じられません。

転校生のお陰で他の数人の生徒と仲良くなり、昼食を食べるシーンで「声を聞くの初めてかも知れない」と言われるシーンはありますが・・・

緘黙症がテーマでなくても、せめて職員室で主人公の話をする中で緘黙症という言葉を教師に使わせるとかのシーンを私だったら入れると思います。「緘黙症の啓発」には無頓着です。すごいチャンスなんですけど。

メジャーな映画でないので公開される映画館は限られますが、機会があったら是非見てみてください。

この記事へのコメント

henokaapa
2018年07月02日 09:24
 緘黙症という言葉は初めて知りましたが、考えてみれば私にも覚えがありました。大勢の前で責められた時等よくそういうことがあり、それがまたイジメの原因になったことが思い出されます。自分を責める気持が何処かにあることも一因になっているかもしれませんが、一方でどこかで自分を可哀そうだと思っているところがそれを病的にさせているかもしれませんね。私の場合いつの間にか忘れてしまいましたが、一番の薬は自立することかもしれません。
カツピコリン
2018年07月02日 20:38
コメントありがとうございます。

henokaapaさんのケースは緘黙症とは違うかも知れませんね。

仰る通り、自分自身を責めてしまうところと自分自身を憐れんでしまうところは精神疾患の人に共通する部分ですね。