無口な詩人(4)

原民喜は自死しています。線路に横たわり、轢死しました。恐れていた電車に・・・妻に先立たれた孤独、被爆による体調不良、貧困などが原因ではないかと推測されてますが・・・妻は唯一の理解者で原自身も妻には何でも話したと言われてます。あまりにも話さない原の「通訳」をしたり、創作活動を励ましたりしていたそうです。体調の方は体重が30キロ代と痩せ細っていたそうです。

交遊のあった、作家の遠藤周作は訃報を聞き、「貴方の死は何てきれいなんだ」と日記に書いたそうです。遠藤は自死を戒めるクリスチャンです。遠藤のイエス像は『何も出来なかった人、この世では無力だった人。彼はただ他の人間たちが苦しんでいる時、それを決して見棄てなかっただけだ。』とし、原の事を称して『あの人の百倍も強烈なのが私にとってのイエスかも知れないと思う事があります。』言い方を代えれば、原はイエスの1/100の聖人という事でしょう。原からイエス像を導き出したのか、イエス像に近い存在として原を認めていたのか?いずれにしても、クリスチャンの遠藤の最大の誉め言葉だと思います。

不思議なのは、原にはこの遠藤ような友人がたくさんいた事です。『原にはほんの少しの俗智もなければ俗才のかけらもなく、世間話や日常のちょっとした挨拶、してもらった事への礼を言う事が出来なかったので、他人から誤解されかねなかった。』(大久保房男「原民喜のこと」より)こういう状態にも拘わらず、なぜなんでしょう?

『原の無口は圧迫的でなく、気詰まりでない。そこにいるのが、透明な結晶体でもあるように、人々の脇にひっそりと座っているのである。』(埴谷雄高「びいどろ学士」より)たくさんの人に愛された、喋らない男・・・それが原民喜の人間像ですね。

原の人柄を偲ばせる遠藤とのエピソードがあります。

原と遠藤の交遊にひょんな事から若い女性が加わります。そして遠藤がその女性と映画に行く約束をして、喫茶店で女性を待ってるうちに突然何もかもが馬鹿馬鹿しくなり、映画に行くのも馬鹿馬鹿しなり、帰ろうとした時に突然原が現れたそうです。

『「原さん、何で来たの」と私は叫んだ。「キミガ、アノヒトヲオイテキボリニスルダロウトオモッタカラ ミニキタンダ」突然、私の胸を悲しみとも悔ともつかぬものが一杯に締め付けた。「大丈夫だよ、原さん、大丈夫だよ。僕は必ずここに居るよ。」「ソー ソンナラアンシンシタヨ。ボクハカエルヨ。」そして夏の午後の日本橋の行き交う人群の中にその肩と肩とを押し合う歩道の流れの中に原さんはポケットに手を入れ、とぼとぼと猫背で消えていった。私はそれを泪をこぼしながら見つめていた。』(遠藤周作・「原民喜と夢の少女」より)

原の話し言葉が「カタカナ」になっています。これが全てを物語ってますね。この「カタカナ」が原の人生そのものを表してると思います。

『持って生まれた病的なまでに細く過敏な神経は、愛する肉親の相次ぐ死によって傷つき、中学時代の、現代ならいじめと呼ばれるであろう級友や教師からの仕打ちで更に凍り付いた。』

原が喋らない、喋れないのを父親と姉の死に帰結しようとしている作家が多いようです。作品の解釈も同様です。小学時代の事が一切書いてないので判りませんが、私は後天的ではないような気がします。あの時代、親兄弟が早死にするのは決して少なくなかったでしょうし、突然喋れなくなるとは思えません。

ただ、不思議な事に、私が読んだのはほの一部に過ぎませんが、原の作品に「喋れない子供」は出て来ません。童話の中に「失神する人形」が出て来るので体が弱かった可能性はありますが・・・

私は原民喜は緘黙症だと思います。緘黙症という重荷を背負って生まれた人が、社会にしっかりと爪痕を残した事がとてもうれしく思います。
緘黙症を知らない人が原民喜を偶然知る事で緘黙症を知る可能性もあると思います。


お読み頂きありがとうございました。


The end.

この記事へのコメント