「声なき声~場面緘黙症の女性たち~」

JNNドキュメンタリー(ザ・フォーカス)という番組です。番組を見られなかった方、放送されなかった地域の方の為にナレーションをメインに文字で起こしてみました。

最初に取り上げられたのが、ひろみさん(仮名)当時、高校3年生、一昨年10月のインタビューです。

Q.いつから話せなくなったのですか?

スマホで回答、『保育園の頃は、なぜか先生とは話せないだけだったんですけど、小学1年生の時に同じクラスの男子にからかわれた事がきっかけで、同級生とも喋れなくなりました。』

Q.質問に話して答えられたらと思いますか?

『今現在は、声が出ない自分が当たり前、いざ声を出そうとするとぐっとなって、なんで声が出なくなるのか、なんで体が動かなくなるのか、分かりません。』

高校を卒業後、NPO法人でアルバイトをしています。仕事はパソコンの入力作業やアンケート用紙のデータ整理。

依然として家を出ると声が出ません。スタッフとのやり取りもラインでする日々。

スタッフへの質問、「なにか差し支えとかないですか?」「別に・・・他のスタッフともラインでやり取りしますので」

自分の居場所を見付けたひろみさん、理解のあるスタッフが寄り添います。

しかし、腰まで伸びた髪、美容院で気に入ったヘアスタイルをリクエストする事が出来ず
伸ばしたまま、かれこれ3年切っていません。

更に買い物でも高いハードルが・・・この日、コンビニで昼食を買うのにレジに近づく事が出来ません。そして、ようやく15分掛かりました。

Q.何に時間掛かる感じですか?

『優柔不断なのもありますし、あと店員さんがレジに立っていなくてどうしたらいいか困ってウロウロしたりします。』

13年抜け出せない、ひろみさんの長いトンネル。こうした症状は場面緘黙症と呼ばれ・・・悩んでいる人は少なくありません。

変わって、長野県上田市の長野大学高木研究室(信州かんもく相談室)で高木潤野先生が相談を受けている場面が映されます。

年間延べ300人の相談があるそうです。

11才の娘と母親が相談に来ています。

高木「友達が家に遊びに来たりする事はありますか?」

母親「それは嫌みたいです。やはり安全な場所、テリトリーに入るなというとこれかなと思います。」母親はこの子が小学校入学以来、ほとんど話せなくなっている事に悩んでいます。週に1、2度不登校の生徒の為のチャレンジ教室に通っているそうです。しかし、家での様子は・・・7歳時に家ではしゃいでいる様子が映し出されます。

家族の前では快活な娘がなぜ学校では押し黙ってしまうのか?

高木先生の話、「緘黙症状が出てくる理由として一番大きいのは、本人が緊張しやすい、不安を感じやすいと考えられている。それだけでなく、本人が言葉を話す力、人と関わる力、そういうものとの相互作用で限られた場面でしか話すなくなる。」

場面は変わって、近江八幡市の行列の出来るカフェ、お客さんの目当ては小学6年生のみいちゃんの作るケーキ。このみいちゃんも緘黙症。

母親「小学校入る時に分かったの。もっと早う気付いてあげれたら良かった思うたんやけど、家では元気やったから分からへんかった。」

家族の前では笑えても学校では声が出なくなります。緊張から体が硬直する事もあり、全く歩けなくなる事もあります。運動会の時には一人離れて見ているだけ。学校の全ての場面で緊張を強いられるのです。

そんなみいちゃんが唯一夢中になれるのがお菓子作り。インスタに載せたケーキを褒めてくれるのがうれしくて生き甲斐へと変わりました。小学4年生から毎日のように作り続けます。娘には一度食べた味を忘れない味覚の鋭さあると母親は感じています。地域で評判になり、月に一度県の施設を借りて開いているカフェはいつも満員になります。

そして両親は今年1月、ローンを組んでみいちゃんの為に小さな店を作りました。みいちゃんが今後もパティシエとして生きていく準備が出来ました。

実はこの日、みいちゃんは私たちのカメラの前で一瞬声を出す事が出来ました。父親がみいちゃんの店で従業員として働くのはどうか?という話を冗談半分で両親がしていて、母親が「厨房に入って役に立たないのにね、どう思う?」に『なんもしない』と一言。

得意な事を見つけて自信を持つ事がとても大事。みいちゃんのトンネルに光が差し込んだようです。

またまた場面が変わって、今度は緘黙症を克服した鬼頭さんという女性が出てきます。

小学校低学年から人前で話すなくなった。『音読が出来ないので教科書持って、どうしたらいいんだろうと思いながらずっと立っていたり、飛ばされたら飛ばされたで他の子がどう思っているのだろうとか考えたり』

中学卒業まで友達が出来ず、写真はいつも無表情。でも本当はずっと喋りたいと思っていたそうです。高校は環境を変える為、地元から遠く離れたところを選びました。

そして・・・『お昼のお弁当の時間が始まる時に本当にここしかチャンスがないと自分では思っていたので後ろの席の子に「お弁当一緒に食べていい?」というふうに話しかけた』

振り絞った一言、以来少しずつ人前でも話せるようになった。大学では映像制作を学び、卒業作品は自身の緘黙症を知ってもらう為にドキュメンタリーを作りました。ナレーションも自分の声で。

この時に取材した緘黙症の女子高生は最初に出てきた、ひろみさんです。それ以来会っていなかった、ひろみさんと3年ぶりの再会のシーンが流れます。ぎこちない二人。

鬼頭さんが発した言葉にディレクターが驚きます。『親は私が喋れなかったのが、恥ずかしいとか、嫌というかネガティブな感情がまだあるので・・・何だろ、刺激したくないというか・・・』

ディレクターは思わず、口を挟みます。「僕の娘が緘黙症だから親の気持ちは分かっているつもりでしたけど、親からすると僕は恥ずかしいと思っていない。娘については」

実はディレクターの小学生の娘も緘黙症と闘っています。

鬼頭さんはこの不安障害が多くの人にまだ解されていない現状に心が晴れません。

ひろみさんもまた周りから理解されずに苦しんで来ました。『発表を飛ばされた時にズルいとか言われたり、先生から迷惑だって言われたりてか、友達関係も悪くなったりとか色々ありました。』

自分はいつになったら緘黙のトンネルから脱出できるのか思い悩むひろみさん・・・高木先生の話を聞きたいと長野へ。

ひろみさんには電話で話せる友達が二人いるとの事で電話で話せる
相手を増やす、それから面と向かって話せるようにする。話せるようになる入口にいるとのアドバイスをもらいます。

そこで取材で一年半の付き合いになるディレクターと離れた場所で電話で話をするチャレンジをしました。

結果は・・・まだ厳しいようです。

最後にひろみさんに伝えたい事を聞くと、

『「声が出せない」「体が動かせない」といった症状や、「緊張や不安を感じやすい」といった症状で私たちは困るので、そこは助けてほしくて。でも、よい環境でそれらが少しでも改善できれば当事者自身の中身がわかってくるので、カタツムリさんのようにゆっくり付き合って頂ければ良いんじゃないかな、と思います。』

声なき声、周りが歩み寄らないと聞こえては来ません。2歳から5歳で発症する事が多い場面緘黙症、未だ原因は分かっていません。あなたの近くにもおそらく・・・

以上です。

ディレクターの娘が緘黙症だったのが終盤に出て来たりと心憎いばかりの番組構成です。場面緘黙症の啓発という目的に絞った番組のように感じました。過剰に感情移入している訳でもなく、かと言って淡々と進める訳でもなく、良い番組だと思います。

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